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坂本龍馬 没後150年

4姉妹、長女のK子です。

10月末、大阪龍馬会&京都龍馬会主催のイベントに参加してきました。
龍馬(1835-1867)は、F.ナイチンゲール(1820-1910)と同じ時代を生きた人。
ナイチンゲールが『看護覚え書』を出版した1860年、龍馬は26歳、脱藩する2年前です。

さて当日は、龍馬ゆかりの地を巡り、最後に国立京都博物館で催されている、特別展覧会『没後150年 坂本龍馬 ー龍馬は手紙の中に生きているー』へ。
博物館では宮川禎一先生(国立京都博物館 上席研究員)の説明付きの案内で、貴重なお話を聴くことができました。
龍馬会に入ってて良かった!

 写真は読売新聞10/31夕刊に掲載されていた、宮川禎一先生の記事。

同僚に宮川先生の説明付きの案内があったことを話したところ、翌日「この人?」と。
そう、この方です!

続きは『龍馬・おりょう ゆかりの地』巡り。

●七条新地 扇岩
おりょうが伏見の寺田屋に移る前に働いていたところ。
龍馬とおりょう、出会いの場所です。
高瀬川沿いにあります。

 ●方広寺(通称 大仏殿)、智積院あたり

土佐藩の宿舎となっていたところです。 
写真は智積院より七条をのぞむ。

●河原屋五郎兵衛 隠居所
元治元年(1864)春頃、龍馬たちは、ここを隠れ家にして活動していました。おりょうの母「貞」は、ここで賄いをしていて龍馬と知り合いに。
新選組は、池田屋事件の際、この隠れ家も同時に襲撃したとのこと。

●ゆかりの地を巡る地図(大阪龍馬会)

国立京都博物館を出たとき、あたりはすっかり夜。
有意義な1日でした。
次は11月15日「龍馬命日」、京都東山に墓参です。

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